イタリアでは、アメリカのようにハロウィーンの習慣は無い。
ハロウィーンのように仮装するイベントと言ったら、それはカーニヴァルです。
しかし、私の印象からすると、カーニバルで仮装しているのは小学生くらいまでのちびっ子ばかり。
大人が
「俺も、カー二ヴァルのイベントにガッツリ参加したいよう!」
と言うのならば、べネツィアやヴィアレッジョで行われるような、盛大なカーニヴァルイベントに参加するべきでしょう。
習慣が無いと言っても、近頃はハロウィーン・パーティーを開くクラブ・ディスコ・パブ等の夜のお店も増えて来ているため、子供もとより大人たちの間では少しずつ根付きだしているようです。
しかし、伝統の国イタリア!
こういったハロウィーン導入(導入ってほどの話じゃ・・・)に反対する声もちらほら。
しかも、若い衆からちらほら・・・。
「俺達は、もともとハロウィーンなんてやっていなかったんだ!こうやって、アメリカ化が進むと、俺達本来の伝統というものが消えてしまうじゃないか!!」
と、そこまで深刻か!?ということを言うのだ。
ま、「あーでもないコーでもない」言いたいだけなのでしょうが。
で、私なんかが、
「でもさぁ、何もハロウィーン・パーティーをしたところで、それはそれで新種の行事って事。今までの伝統は守っていけば良い話じゃない。」
「ほら、日本なんか、キリスト教の信仰無しにクリスマス・パーティーをしている人なんか山といるよ!
でも、正月は日本人としてお祝いするよ!」
「信仰無しにお祝いなんて不純だ!という人もいるけれど、何も反対運動しているわけじゃないんだから良いと思うんだよ、私は。」
と言った日には、
「何言ってるんだ!!俺達イタリア人が、物事両立できるとでも思っているのかよ!!!」
と、・・・・・・・・・そこで私も納得してしまったり(笑)。
でもね、本当にこういった極端な面があるのですなぁ。
葬式に赤いジャケットとジ-ンズで平気で来ちゃう人がいるのでしょう。
この葬式赤ジャケットも、60年代後半から70年代ごろの自由運動が行き過ぎた結果という意見あり。
こういう背景があると、新しい物が入ってくる度に「伝統が消えてしまう!!」と、危機感を感じてしまうのもわからなくも無いなぁ。
でもね、実は私、仮装するのが好きなのよね。
普段仮装する機会なんて無いし、ハロウィーンはうってつけなんだけどな(笑)。